« akao|小脳炎|本人|40代発症|2006年のおたより | トップページ | 恒|単純ヘルペス脳炎|本人|31歳発症|2003年のおたより »

シーマン|小脳炎|家族|40歳発症|2002-07年のおたより

禁句の言葉   シーマン   2002/07/07 (日)

想定はしていましたが、一時のことだから死にたいと言われてしまいました。障害の受容に関し、理解はしていてもつらいものがあります。記憶や思考が残っている。言い合って、ぶつかり合っても、同じ思い出を共有しているんだ。そういって抱きしめるほかすべがありませんでした。


Re: 禁句の言葉   なまこ   2002/07/07 (日)


シーマンさんの状況はよくわかりませんが、 私も妻や自分に対して何度も「禁句の言葉」を吐き思ったものです。
その時の妻は、冷静に「あんたは死ねない!・・・」と言いましたが、今思うと妻は、私のことを良く理解してくれていて、私の本音「生きていたい」という本当の気持ちを見抜いていたのだと思います。
今も時々心の中で思うこともありますが「ダメダメそんなこと考えちゃ」と自分に言い聞かせ日々暮らしています。
訳の解らない書き込みで即削除ですかね~~(ーー;)<りえさん


Re^2: 禁句の言葉   シーマン   2002/07/08 (月)


冷静に「あんたは死ねない!・・・」いい奥さんですね。私は強くは言えず、まともにキャッチしてしまい、投げられた球の重さを感じています。夜明けの来ない夜はない。そう思いながら他力を考えるこのごろです。


Re^3: 禁句の言葉   なまこ    2002/07/08 (月)


「心と心のぶつかりあい」をし続けていますが、これは、ある意味まだ幸せなのかと・・・・」と体験記にありましたが、私も同じ思いをしました。私は病に倒れ生死の境をさまよう状況になりましたが、もしこのように生きていなかったら「妻と真剣に話し合うこと」など無かったと
もちろん「喧嘩すら出来なくなっていたのだから」と・・・・
やはり「生きていればこそ」だと・・・当然、辛いこともありますが、それも「生きていればこそ」なんて思うようにしています! シーマンさん無理せずマイペースで「出来る範囲で精一杯」ですよ!
これは奥さんにも親族のみなさんにも言えることですよ!
p(*^-^*)q がんばっ♪


Re^4: 禁句の言葉
   シーマン    2002/07/08 (月)


 実は今日が私の49回目の誕生日です。研なおことほぼいっしょでしょうか。倒れる夫、支える妻が定番でしょう。こんな展開私の人生上のシナリオにありませんでした。老後の悪夢が具現化し、進行しています。最初は、妻の代行をこなせばいいのかなと思いましたが、それだけではすみません。

 今日は、誕生もありますが、車の購入をきめました。妻名義の福祉車両です。納車は9月になります。そのことを妻にも告げてあります。健康と引き換えに悪魔からもらっただから、使うだけ使おうよ。子供たちはいずれ巣立つ、ただのエンプテーネストにはすまい。季節には巣に帰って来る仕掛けは必要だと。学費は惜しみません。無形では渡そうよ。金銭では渡さない。渡さないで今、使うというのが車の購入決定理由です。


 
Re^5: 禁句の言葉   だんな@管理人    2002/07/08 (月)


禁句の言葉・・・うちもです。 この季節が良くないのかも。。。 どう答えて良いものか。。。 気分転換!気分転換!で行くしかない!という感じです。 管理人に削除されるかな?


悪魔の選択でしょうか。   シーマン    2002/09/19 (木)


今年の夏の暑さは父の健康状態に影響したのでしょうか。9月に入り便と尿の失禁状態が始まりました。妻の介護にまた1人追加です。母の負担が一段と強まります。医師やケアマネージャーに相談していますが、父は介護サービスも入院加療も拒否。介護認定申請を行い、面接が実施されましたが、自立できていると主張。実生活ではなにかと母に命令し手の届く範囲でも世話を要求します。このままでは、母が持たない。妻の処遇を含め介護計画を再検討しなければいけなくなりました。仮に父が入院加療を受け入れた場合でも付き添いその他で母に負担がかかりそうです。ただ父の問題は短期的なもので、妻の問題は10.20年の問題です。母の年齢は75才で、80、90才までとても持たない。介護保険は妻の場合適用されない。身障施設か療養型病床群にゆだねるしかありません。とりあえず、妻をショートステーでつなぎ、入院手続にとりかかるしか当面の解決方法がない。悪魔の選択でしょうか。


Re^4: 悪魔の選択でしょうか。  シーマン   2002/10/01 (火)


 今朝妻をショートステイに送り出しました。とりあえず3日間です。購入を決めていた福祉車輌(サイドリフトアップ車)が届き、すぐに活用されました。在宅でなるべく外に出る目的のためでしたが、まさに移送の手段になってしまいました。
 妻の療養型への入院申込みもすませました。いつ入院できるかは分かりません。いつかは、在宅での限界から医療なり福祉にゆだねるしかないと覚悟を決めてはいました。妻も本意ではないけれど承知しています。
 父の不具合はシナリオの進行を早める結果になってしまいました。父が入院なり、ショートなのでしょうが、長期的にみればこの選択もやむを得ないのです。悪魔の選択でしょうか。


お久しぶりです   シーマン    2004/12/01


理恵さんお久しぶりです。7月から3ヵ月介護休暇をとり、9月末で市役所を退職しました。10年早いリタイヤを決めました。実に長い夏休みでしたが、これからは、エンドレスの休みとなります。今は、妻の介護を中心として過ごしております。ただ家のことですることは多く、今年は、台風、地震で災害の多い年ですが、我が家も例外でなく、台風の後始末が続いています。我が家の屋敷林の杉が20本倒れ、車庫のシャッターも破られ、先週からやっと工事の目処がついたような具合です。しばらくは、休養と考えていましたが、なかなかそうはさせてくれません。仕事・介護の両立に勤めてきましたが、いささか疲れてしまいました。あと5年ぐらい頑張りたかったのですが、母の年齢やいろいろ考え、金銭的な目処がたったので決断しました。今考えて見ますと、よく5年持ったなと思います。さくらからパワーをもらったと思います。今後仕事を続けるには妻を施設に入所させるか、入院しか方法がないと思います。10年施設に預け、その後在宅で介護は出来ないだろうと判断しました。子や親にはできても妻にはできません。私が介護できなくなったときは仕方がありませんが。


7年経ちました   シーマン    2007/03/17(Sat)


久しぶりに「サクラ」を覗けば、「Tさんの夫」からの書き込みがあるではありませんか。
今は少しは落ち着いていますが、渦中ではすがるものがなく、この「サクラ」が随分支えになったものです。
今も継続されています。頭が下がります。

末の娘が小四でしたが、4月からは高2です。
あと7年経てばシーマンも年金世代です^^;
なんとかつなぎもできそうなので、在宅介護を続けてまいります。

« akao|小脳炎|本人|40代発症|2006年のおたより | トップページ | 恒|単純ヘルペス脳炎|本人|31歳発症|2003年のおたより »

抗NMDA受容体脳炎(連載記事)- 毎日新聞

リンク集

検索

無料ブログはココログ