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ター君|ウイルス性脳炎|家族|27歳発症|2008年のおたより

管理人に連絡   ター君   2008/09/24(水)

 息子は平成20年7月11日、大勢方に見送られ天国へ旅立ちました。母親の私は未だ夢を見ていた出来事の様で受け止めることができません。どう表現したらいいのでしょう?生きていく甲斐がないような・・・ただ息をしているような・・・胸が張り裂けそうな・・・

 どう足掻いても息子が還ってくるわけないのに、49日を済ませたころ、このサイトを見つけ、毎夜々、隅々まで読みました。今、こうして気持ちを奮い立たせて書き込みしています。

 息子は6月10日、救急車で脳神経外科に搬送されました。MRIを撮ると、前頭葉に影がありました。特定できないウイルスが脳に侵入している、とのことでした。

 24時間の点滴、高熱で1週間ほど何も食べませんでした。 「お母さん、俺、何の病気?」と言うほどその時、意識もはっきりしてましたし、会話もしていました。痙攣もありませんでした。医師は、ウイルスに打ち勝つには本人の免疫力しかありません、と言われました。

 息子は生まれた時から病気ひとつしたことがない丈夫な体でした。初めて経験する入院生活で、おそらく、仕事のことやら、将来のことなど、考え割れる様な頭痛でもんもんと眠れない夜を過ごしたのではないかと思います。

 1週間経ったころ、息子はたまらず点滴の針を自分でひっこ抜きオトイレに行ってしまいました。その日は丁度、免疫モリブデンを注射された時でした。看護婦さんが飛んで来ました。息子は鏡の前でじっと自分の姿を眺めていました。患者が不穏な状態になった、と医療の現場では映ったのでしょうか?息子は個室に、そして、歩いてオトイレに行けるにも関らずオシメと鍵のついた拘束帯をされました。

 相変わらず24時間点滴です。イントラリポス20%、フルカリック2号、静注用ビタリイリン、マックアミン、フアンガード点滴用50mg、テルモ生食、ファーストシン静注用1gパック2回。と何度もMRIの検査。そして、カテーテル。両手はベッドの柵に括り付けられました。

 学生時代柔道をしていた息子は、自分に巻きつけられた、その柔道の帯の様な帯を、どんな思いで耐えていたのかと、今でも必死に抜け出そうとしていた姿で胸が締め付けられます。

 脳炎でも意識ははっきりしていました。

 最期に息子は「ありがとうございました」と私と兄に言いました。入院してたった2週間目でした。人工呼吸器を装置して、脳死と告げられました。それから、2週間。胸に耳を当てると、息子がお腹に宿ったころ聞いたあの鼓動が・・・今でも・・・。

 過誤医療では?と思うこともありますが、息子はもう還ってこないという現実はどうしょうもありません。

 例え脳炎で後遺症が残ったとしても、生きていて欲しかった。


後遺症を残されても、命を燃やし続けている方々へ


「助かった命を大切にして、ター君の分まで生きてください。」 

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抗NMDA受容体脳炎(連載記事)- 毎日新聞

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