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Sおとうさん|ウイルス性脳炎|家族|18歳発症|2002-03年のおたより

娘が原因不明の脳炎にかかりました   Sおとうさん  2002/04/01 (月)

はじめて書き込みします。
インターネットでこの掲示板を探し当てたのですが、同じような境遇の方がいろいろ居るので、見ていて大変に参考になるような気がしています。
娘は高校生で、つい2月半ばまでは普通の、ちょっと恥かしがりやの可愛い娘だったんです。
その娘が風邪かインフルエンザで発熱して、数日間、学校を休み始めたのが私達家族の悲劇の始まりでした。
微熱が数日間続いて急におかしな発言をしだして、家族はびっくりしました。
たまたま私の姉も遠くで医者をやっていて電話で確認したところ、「それは脳炎かもしれないので、一刻も早く、大きな病院に行きなさい。」との事で、町の大きな病院に行って、各種の検査をして、髄液の細胞数が増えているので、ウィルス性脳炎の疑いが濃いとの事で、まずヘルペス脳炎に対処するべくゾビラックスを投与するとの事でした。

 
・・・・・・・・・・・・・・・・・結局、町の大きな病院でも、いろいろありましたけど、娘は弱まる一方であったので、お医者さんに頼んで大学病院に移転させてもらいました。
大学病院に来て、最初の2週間くらいはICUだったわけですが、それから一般病棟に移り、今に至っていますけど、今のところ、娘は完全に意識不明で、痙攣が1日に2~3回くらいある状況です。

大学病院に来てから、脳炎の原因を特定するために、いろいろと検査などをしてきた訳ですが、ヘルペス・ADEM・サイトメガロ・インフルエンザ脳炎などについては陰性との事で、未だに何が原因か判らない状態です。

娘はあと何十年、この状態で生きなければならないのか、それを思うと、あまりにも娘がかわいそうでかわいそうでたまりません。

何年たってもいいので、何とかして意識回復して欲しいと家族ともども切に願っている毎日ですが、最近は我々自身が、どのような心構えで生活していけばいいのか、悩んでいる次第です。


娘がかなり直りました。  Sおとうさん  2003/01/14 (火)


こんばんは。さて、昨年のだいぶ以前に投稿したSおとうさんです。

高2の娘が昨年2月24日にウイルス性脳炎にかかって、ずーーっと意識不明の植物状態だったのですけど、昨年秋ぐらいから徐々に意識反応が出始めて、昨年10月ごろにはかなり意識が戻り始めて、12月末にはやっと人工呼吸器も外れて、声も出るくらいまで回復しました。

記憶はかなり昔の事は覚えているのですけど、病気の付近前後は全く覚えておらず、また、近ごろの意識回復後でも、1時間前のことは覚えていない・覚えられないような気配もあるのですけど、これからリハビリをやっていくのですけど、それに期待しています。

発病当時は、ヘルペスやサイトメガロその他いろんな疑いがあって、いろんな処置をしたのですけど、いずれも回復には至らず、しばらくはICUで2週間ほど処置して、その後、一般病棟に移ってから、いろんな検査で、CTでもMRIでも脳が少しずつ萎縮していて、脳波も出ず、お医者様からも回復見込みはほとんど無いの説明を受けて、私もお母さんも泣くばかりという日々がしばらく続きました。

その後、ほとんど植物状態のような感じが続いて、ただ、痙攣がよく起きて、それに伴って、麻酔薬や抗痙攣薬を投与する毎日。
夏頃一番危ない状態になって、合併症で肺炎や栄養不良が重なり、栄養が非常に悪い状況になって、危険な状況に陥りましたが、輸血他 で何とか乗り切れた状況です。
私達家族にとっては、家族の生活その他も完全に変ってしまう出来事で、お医者様も脳の回復などはあきらめて・・という見解でしたが、 我々は親なのですから、誰が何と言おうと、絶対にあきらめない・あきらめたら娘が可愛そうだと思って、ベッドの傍らで付添い生活を1日も休むことなくやってきて、やっと意識回復という素晴らしい状況を見ることが出来ました。

同じような病気をもった方の励ましになればと思い投稿しましたが、いずれにしても、脳のことは判らないことだらけだそうで、たとえお医者様からほとんど回復不可能と言われたって、私の娘ように、意識がかなり回復することだってあるわけですから、そう思って絶対にあきらめないことが大切だと思います。

発病してから11ケ月経ち、まだこれからリハビリもあるので退院できるまで半年くらいはかかるのかもしれませんけど、娘の人生は始まったばかりなのですから、あせらず過ごしていこうと思ってます。


娘がかなり直りました。
  Sおとうさん  2003/07/24(Thu) 

お久しぶりです。
モモさんの投稿に対して私の書き込みを引用して頂きましてありがとうございます。
モモさんからのメールに対して、私の娘の発病~今に至るまでについてメールを返信しておきましたが、最近の娘の近況について、ここに投稿します。

娘は昨年2月末にウィルス性脳炎に発病して、3月初めから意識不明状態になり、3月半ばまでICUでその後に一般病棟個室に移る。
11月頃にやっと意識回復して、今年の1月半ばから大部屋に移り、3月19日からは県立リハビリ病院に転院して、現在もリハビリ中です。
娘はもうすっかり発病前の娘とは見た目も性格もほとんど同じくらいに回復してきています。
1年前の悲嘆にくれていた時とはまるで違い、あの時と比べたら今は夢のようです。

娘は高校2年で発病したのですが、1年半近く経って娘の友人もほとんど大学に行っていて、娘も早く社会復帰がしたい・高校に復学して、高校3年を卒業して大学に一刻も早く行きたいという希望を持っていて、お父さんが時々高校の勉強を教えていますけど、今はだいぶ良くなりつつあるのですけど、勉強を教えはじめた4月頃は、小学校レベルの九九もほとんど忘れてしまっていて、パソコンは発病前から大夫やっていたのですけど、難無く打てるのですけど、いざ、文字や漢字を紙に書こうとするとやはり漢字をかなり忘れてしまっていたりで、脳の萎縮が残ってしまったのですけど、やはりそれに伴って、記憶の所どころが途切れているのです。

意識不明状態から脱しての今年の初めになって、高次脳機能障害という疑いもあるということだったのですが、娘は幸い、高次脳機能障害の人のように性格まで変わったということはほとんど無いのですけど、学力という点では、数学などの問題でやったことがあるということを本人も言って、いざやらせてみると、肝心の九九が間違いだらけだったり、分数の計算のやりかたを忘れていたり、掛け算の筆算方法も忘れてしまっていたりと、引っ掛かることばかりです。また体力面でも、すぐに疲れてしまったりで、発病前の体力の1/3もないくらいです。

今はもうリハビリ病院で教わることはほとんど無くなってきて、多分、今月末くらいには退院できそうなのですが、本人も親の我々も、目下の目標は9月~の新学期から、定時制高校か養護学校の高等部に復学することで、そのために少しずつ勉強を教えていますけど、学力の記憶の途切れ途切れに唖然とする毎日なのですけど、ゆっくりゆっくりいこうと思っています。

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